事例
カウンセリングの事例をいくつか紹介します。
なお、こちらに掲載されている内容は全て架空事例です。
事例①:母親への葛藤から、自分が子どもを持つことに迷いがあったAさんの場合
30代女性Aさんは、仕事や家庭でのストレスから感情がコントロールできなくなると相談にやって来ました。初めて会ったときのAさんは物静かで上品な佇まいでありながら、内面に激しい憎しみや悲しみを抱え込んでおり、自分でもその激しさに戸惑っているようでした。
当初は仕事や家庭でどんなときにストレスを感じるか、どのような対処ができるかといった話題でカウンセリングが進んでいきましたが、徐々に幼少期の頃の話に自ら触れていくことが多くなりました。Aさんの母親は感情の波が激しく、機嫌が良いときと悪いときとではまるで別人のようになってしまう人でした。いつ怒り出すか分からない母親をなるべく怒らせないように、相手の顔色を窺うこと、どんなに悲しくても腹が立っていても自分の本音を押し殺すことが、いつしかAさんの処世術になっていました。実家を出てからは母親から感情をぶつけられる機会は減りましたが、誰に対しても自分の思っていることを言えないという対人パターンは強固に染みついており、自分でも本当はどう思っているのかが分からなくなってしまっていました。
Aさん夫婦は子どもを望み、不妊治療を受けていました。治療の中では当然、苦しみや不安、夫への不満などあらゆる感情を体験しますが、それを夫と共有することができず、自分の中にため込み、時に収拾がつかなくなるほど爆発することもありました。また、子どもを望む一方で「まともな家庭で育っていない自分がまともに子育てできるわけがない。自分もきっと母親と同じことを子どもにしてしまう。だから子どもは欲しくない」という、相反する思いが徐々に強くなってきました。
そこでカウンセリングでは<夫への本音>と<幼少期に言えなかった思い>をまずAさん自身がきちんと自覚し、自分なりの表現の仕方を探すことを目標としました。具体的には、日常の夫婦関係を振り返るとともに、過去の母親との関係を回想することを主軸としました。その中で、妊娠をしてもしなくても自分の大事な人生として折り合いがつけられるよう方向づけていくことにしました。
面接の中では徐々に夫への思いだけでなく、幼少期の悲しみや怒りが率直に語られるようになりました。幼い頃に表現できなかった思いがようやく吐露できたAさんの姿は、本来の感情を取り戻したかのような生き生きとした雰囲気を持っていきました。対人コミュニケーションは相変わらず不器用なものでしたが、自分のやりたいこと、やりたくないことを言葉や態度、行動で意思表示できるようになり、必要以上のストレスを感じなくて済むようになりました。また不妊治療については迷いながらも努力を続け、結果的に子どもを授かることなく治療を終えることになりましたが、その頃のAさんには悲嘆はなく、どこかすっきりとした表情で「治療を続けて良かった。治療していなかったら今頃もずっと迷っていたと思う」と現実を受け止めていました。
不妊治療を終えるとともに、仕事のキャリアや趣味など、Aさん自身が大事にしたいことが明確になりました。また母とは一定の距離を保ち、無理のない関係を維持することで、少しずつ過去の憎しみや悲しみへのとらわれから自由になっていきました。感情を爆発させることがなくなり、適切な方法で自分の思いを伝える力がついたことを確認し、約半年間続いたカウンセリングは25回で終結となりました。
事例②:人前での発表が苦手なBさんの場合
大学4年生になったばかりの女性Bさんは、授業で発表しなければならない場面をとても苦痛に感じていました。小さい頃から控えめな性格で自分から意見を言うタイプではなく、発表の場面では極端に緊張するため常に苦手意識がありました。最も心配なのは、大学の集大成ともいえる卒業研究の発表会です。大教室で教授や学生たちが大勢集まっている中で、自分がマイクを使って発表しなければならない場面を想像すると、まだ1年近く先の話なのにとても不安になり、居ても立ってもいられなくなるのでした。
Bさんは自分がいかに周りと比べて発表が下手であるかを繰り返し訴え、自分に自信が持てずにいました。また、実際に発表の場面で失敗してしまったエピソードも語られ、面接の中で出てくる話の内容は否定的なものばかりでした。
そこでBさんが失敗と感じた場面を取り上げ、<なぜ失敗と感じたか><何がうまくいかなかったか>と具体的に分析していくことを提案し、話し合うことにしました。すると、今まではただ漠然と「うまくいかなかった」ととらえて落ち込んでいたのが、「ここはうまくいかなかったけれど、ここはうまくいった」と客観的に自己評価できるようになってきました。物事をただ漠然ととらえると悪い印象ばかりが残ってしまうけれど、具体的な視点を取り入れると良かったことにも目を向けられるようになると、Bさんは学んでいきました。
その結果、話すのは苦手でも資料やスライドを作るのは上手で褒められることが多いこと、質疑応答はある程度準備していけば十分対応できること、緊張したときのための呼吸法を会得したことで、以前よりも落ち着いた気持ちで授業に参加することができるようになりました。
最も心配していた卒業研究の発表会は無事終わりました。「全然完璧じゃないし、皆の方が発表は上手だけど、自分が頑張った研究について言うべきことは全部言えたから良かった」とBさんは晴れやかな表情でした。「就職したらまたプレゼンとかあると思うので不安だけど、自分の良いところを見つけて、自信を失わないようにしたい」と未来に向けて力強く決意し、全20回のカウンセリングを終えました。
事例③:自身の考え方の偏りに気づいたCさんの場合
40代女性Cさんは、折り合いの悪い上司との関係に悩んでうつ状態となり、休職することになりました。好き嫌いのはっきりしているCさんは、その上司がどれだけ悪い人間かを滔々と訴えました。Cさん自身は仕事熱心で有能な人でしたので、言っていることに間違いはないようでしたが、組織でうまくやっていくにはやや柔軟性に乏しい印象を受けました。ただし、Cさんは自分が精神的不調に陥ったのは自分の性格に何らかの課題があり、そこを見直さなければという問題意識はきちんと持っていました。
そこでカウンセリングでは、自身はどのような性格の持ち主であるのか、その性格は成育歴のどこに由来するのかを振り返るところから始めました。すると、3人きょうだいの長女であったCさんは、父から特別に厳しく育てられたというエピソードを話し始めました。勉強や運動で結果を残さないと叱られていたこと、生活習慣や礼儀についても厳しくしつけられたことを回想するうちに、仕事でも結果を出すことが当然という考え方や、筋の通らない行いは許せないという考え方が現在の自分に染みついていることを実感しました。
自分の性格の由来を振り返る作業が一通り完了すると、今度は職場での具体的なエピソードを振り返る作業に移行しました。仕事での成果に固執するあまりオーバーワークになっていたことや、自分の正当性にこだわるあまり職場全体の状況を見落としていたことに気づき、自分の陥りやすい思考パターンも分かってきました。新たな視点や困ったときに頼れる存在など、初めのうちは一つ一つ確認しながらメモしていましたが、徐々にあまり考え込まずに対処できるようになってきました。
復職に向けて準備が始まる頃にはエネルギーが回復し、仕事への意欲を見せていました。再び行き詰まったときのための対処法を確認し、全12回のカウンセリングを終えました。
事例④:ストレス対処法を会得していったDさんの場合
20代女性Dさんは「ストレスとの付き合い方を知りたい」と相談にやって来ました。仕事やプライベートで嫌な出来事があるとずっとそのことを考えてしまい、気持ちがどんどん沈んでいき、体調も崩していました。
カウンセリングでは、まずDさんにとって何がストレスになっているかを話し合いました。すると、プライベートが充実している友人に劣等感を抱いてしまうことと、仕事でプロジェクトリーダーを任され、成功するか不安に思っていることが明確になり、<劣等感>と<不安>への対処法がテーマとなりました。<劣等感>に関しては別の信頼できる友人に事情を話す、<不安>に関しては過去の失敗の原因を振り返る、上司や同僚との連絡を密にする等の対処法を試したところ、それまで感じていたストレスが和らいでいきました。
また、自分なりの気分転換の方法についても話し合いました。元々健康や美容に関心のあったDさんは、サイクリングで遠出をしてみたり、新しい化粧品に挑戦してみたりと、いろんな方法を積極的に取り入れ試すことが可能でした。自身が意外と多趣味であることに気づき、「ストレスとの付き合い方」としての対処パターンの数が以前よりも増えたことで「しばらく一人でやれそう」と自信もつき、カウンセリングは5回で終結することになりました。